どもども。
今回はリアルタイム更新です。
今日はノルウェー語の授業後、
SOWING SEEDSという、
東日本大震災の写真展覧会に
真と行ってきました。
4人の日本人の写真家が撮影した写真を
閲覧、購入することができます。
机、一面に広げられた写真たち。
被災地から川を下って流されてきた一軒家、
瓦礫が掃かれた道路に、
一階だけ鉄骨があらわれにされつつ、
二階だけ支えられている家、
仮設住宅などの写真が展示されていました。
それに加え、壁に展示された被災地の写真に
20分間のスライドショーなどが上映されていました。
2年前に起こったこの震災。
私は、日課だった穂谷川沿いを散歩してて、
アパートに戻ったら、
大家さんが玄関まで走ってきて、
「大丈夫でした!?
大きな地震が東北であったみたいで、こっちも揺れて。」って。
全然、気付かんくて、
「震度4とか5くらいかな。」って思いながら
二階に上がって、パソコンつけたら、
映画みたいなシーンが広がってて、絶望感。
西日本と東日本の被害の差が、
激しすぎて、空虚感。
関東に住む友達や同日に横浜に向かった幼馴染2人に
連絡したけど、3日間連絡つかなくて、不安感。
CMの自粛のため
リピートされる永遠のACのCMに苛立ち。
震災後、被害を受けてない地域に住む人たちには
よく、「自粛」という言葉が
日本中に広がってた。
生きてるのに、日常生活を送るのに罪悪感が
あの時の日本にはあって、
東日本の経済が回ってないと、
西日本が頑張らなくちゃだめなのに、
自粛、自粛で…。
被災地にいて、助かった
おじいちゃん、おばあちゃんが、
「若い子らがたくさん亡くなって、私たちが残ってごめんね。」
っておっしゃってたのが、
すごく印象的で、かなしい、以外の言葉が出やんかった。
2年が経った今、
ある新聞には、
「人はあの哀しい出来事を忘れようとしてる。」
って書いてあった。
風化的な意味ももちろん含んではいるけど、
こう…、記憶の中から追い出そうとしてるんだって。
確かに納得する。
哀しすぎる出来事だったから。
家が崩れて、生き埋めによる窒息死が多かった
1995年の阪神淡路大震災より、
津波による第二次災害で亡くなった方が
遥かに多い、この東日本大震災。
専門家の予測では、
近い将来、私の地元も、
東海大震災が起こったら、
なくなってしまうらしい。
小学生の頃から、
30年以内にはって言われてて、
もうあと20年以内になってしまった。
本当に、震災、大震災ばっかりの小さな島国。
明日起こるかもしれないし、
今、起きるかもしれない。
地震大国、日本で私たちはどうやって
これから、生きて行けばいいのかな。
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